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ら抜き言葉再び [日本語教育]

可能形を勉強する時、「ら抜き言葉」をどうしようかといつも気になる。
                
2グループ          ( ら抜き言葉  )
起きる   起きられる  *起きれる    朝5時に起きれる
降りる   降りられる  *降りれる    そこから一人で降りれる
かける   かけられる  *かけれる   外国に電話がかけれる
植える   植えられる  *植えれる   ここに木が植えれる
食べる   食べられる   食べれる   全部食べれる
見る    見られる     見れる    あの人の顔が見れる
着る    着られる     着れる    ひとりで着物が着れる    切れる
いる    いられる     いれる     12時までここにいれる   入れる
寝る    寝られる     寝れる     毎日よく寝れる
出る    出られる     出れる     ここから外に出れる
3グループでは
来る    来られる    来れる      明日9時に来れる

基本的には文法にしたがって太字を教えるわけだけれど、右に書いたような「ら抜き言葉」はよく使われている。「~られる」には「可能・受身・尊敬・自発」の意味があるが、そのうち「可能」の意味を「ら抜き言葉」の「~れる」で表すのだ。
その中で、私の感覚としては*を付けた言い方はちょっとしっくりこない。語幹の部分が二文字のものに同じ二文字の「れる」を付けるとぞんざいな感じがする。語幹の部分が一文字の言葉はバランス的に許せる気がする。
二文字の仲間でも「食べられる」は受身形の印象が強いので(シマウマがライオンに食べられるなど)
可能の意味であることをはっきりさせる意味で「食べれる」を使うのはいいと思う。同じ意味で一番しっくりくるのが「見れる」だ。「見られる」はやはり受身形の印象が強い(人から顔を見られる)から。
また、個人的には「来られる」は尊敬の印象があり、可能形なら「来れる」がいいような気がする。

私の感覚も多分移り変わっているとおもう。10年後にどう変わっているか自信がない。

あるサイトで可能形をはっきりさせ、かつ、どの人にも違和感を感じさせないためには「~ことができる」
(食べることができる・見ることができる・・)とするのがいいとあったが同感だ。
学生たちにも、教えていい情報だ。

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私たちは日本語を教えるかたわら、教科書作り、日本文化の紹介等の活動もしています
私たちのホームページをご覧ください。
http://www014.upp.so-net.ne.jp/nbunka/learn.htm
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